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京都地方裁判所 昭和42年(わ)1008号 判決

主文

被告人を懲役壱年八月に処する。

未決勾留日数中百日を右刑に算入する。

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三一年頃字和島市の中学校を卒業後、間もなく郷里を立ち出で、兵庫県や大阪市内などで印刷工見習、米屋の店員、工員などをし、同三四年一二月頃から土工になつて各地を転々としているものであるが、とかく仕事を怠り勝ちで、同四二年六月二九日頃、稼働さきの京都市東山区山科地内の建築工事現場を辞めてから、野宿したり他の飯場に泊まるなどして仕事口を探しながら神戸方面へ赴く途中、同年七月一日正午過ぎ頃国鉄東海道新幹線に沿う京都府乙訓郡大山崎町地内の国道にさしかかつた際、自分の不遇な環境などを思い廻らせて無性に腹が立ち、いらだたしさに耐えきれなくなつたところから、そのうつ憤を晴らすため、国鉄東海道新幹線鉄道の線路上に障害物を置いて、電車の往来の妨害しようと考え、

第一、同日午後一時三〇分頃、同町円明寺小字土辺小泉川地先の国鉄東海道新幹線鉄道東京起点約四八九、〇五〇メートル地点附近の防護金網を乗り越えて軌道内に踏み込み、もつて右鉄道の線路内にみだりに立ち入り、

第二、前同日時頃、同所において、附近の線路外に置いてあつた木枠一個(縦約〇・五七メートル、横約〇・六メートル高さ約〇・九五メートル)および線路横に保管してあつた竹製梯子二本(いずれも長さ約七メートル、巾約〇・四三メートル)を右鉄道の上り線軌道上に横たえ、もつて電車の往来の危険を生じさせ

たものである。

(弁護人の主張に対する判断)

第一、弁護人は、判示第二の所為は、東海道新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法(以下単に特例法と略称する)第三条第一号に違反するものとして同法条を適用して処断すれば足り、刑法第一二五条第一項の規定を適用すべきではないと主張する。

おもうに、特例法は、東海道新幹線鉄道における列車の運行が、二〇〇キロメートル毎時以上の高速度と、これに伴う高度の危険性等の特殊性を帯びていることに鑑み、その運行の安全を確保するため、鉄道営業法その他関係法規の特例として制定されたものであることは、特例法第一条の規定の趣旨に照して明らかであり、同法第三条はその趣旨に則り、列車の運行の安全を確保するための一環として、列車の往来妨害等に関する処罰規定を設けたのである。そして、同条第一号に規定する罪は、列車の運行を妨害するような方法で、みだりに(正当な理由がないのに)物件を線路上に置く等の行為をなすことによつて直ちに成立するものと解せられ、更にそのうえ、刑法第一二五条第一項の往来危険罪の成立に必要とされているような、列車の衝突、顛覆、脱線、破壊等の実害を、具体的に発生させるおそれのある客観的状態を作出する必要はなく、また、行為者が、列車の往来について具体的危険を発生させるおそれのあることを認識する必要もないのである。したがつて、もし、行為者が物件を線路上に置くなどによつて、列車の脱線等具体的危険の発生するおそれのあることを認識しながらその行為に出で、且つ、具体的危険の発生をみるおそれがある場合には、その所為は特例法第三条第一号と刑法第一二五条第一項とに該当し、両者はいわゆる法条競合の関係に立ち、前者は後者に吸収されて後者の往来危険罪のみが成立し、ただ、前記のような認識等の認められいな場合にのみ特例法第三条第一号の罪が成立するものと解すべきである。

これを本件についてみるに、判示第二の所為が、特例法第三条第一号の罪の特別構成要件を充足していることはこれを認めるに十分であるが、当時被告人は、新幹線鉄道における電車の顛覆等の発生するおそれのあることを認識しながら、敢て本件犯行に及んだことが認められ、且つ、その行為によつて、電車の顛覆等具体的危険の発生するおそれのあることもまた明らかにされたのであるから、被告人の判示第二の所為は、刑法第一二五条第一項の往来危険罪のみに問擬するを相当とすべく、特例法第三条第一号の罪は、右往来危険罪に吸収されるものとして、その成立を否定されなければならない。弁護人の主張を採らなかつたゆえんである。

第二、弁護人は、被告人は電車の往来を妨害する目的で線路内に立ち入つたのであるから、判示第一の所為と第二の所為とは牽連一罪の関係にあると主張する。

いわゆる牽連犯は、数個の犯罪が、客観的な見地から相互に通常の手段と結果の関係にあると認められる場合に成立し、行為者の主観的意図の如何を問わないとすることは多く異論のないところである。そこで、前記各所為の相関関係について考察するに、判示第一の罪は、東海道新幹線鉄道の線路(特例法第三条によれば、線路とは軌道及びこれに附属する保線用通路その他の施設であつて、軌道の中心線の両側について幅三メートル以内の場所にあるものをいうと定義している)内にみだり立ち入れば直ちに成立するものであつて、しかも、その立ち入り行為自体は、客観的に判示第二の罪を犯す手段として通常用いられるものとは認め難く、また、判示第二の行為が、右立ち入り行為の結果として通常なされうる類型に属するものとも認められない。このことは、判示第二の罪の特別構成要件とされているところの物件を線路上に置く等の所為が、その行為の態様などから推して、必ずしも線路内に立ち入ることを要しないで、例えば線路外から物件を投げ込むような方法によつて、容易にこれを敢行しうる性質のものと考えられる点に徴しても明らかに首肯されるのである。されば、判示第一の所為と第二の所為とは、その間にたとえ主観的な牽連意思が存していたとしても、客観的にみて通常の手段と結果の関係があるとは認められないので、いわゆる牽連犯の成立はなく、むしろ、刑法第四五条前段の併合罪の関係にあるものと解するのが相当である。弁護人の主張は採らない。(橋本盛三郎 石井恒 井筒宏成)

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